プレイ中:初恋マスターアップ
ランクS

花束を君に贈ろう-Kinsenka- 感想

制作 :frontwing(公式サイト)
発売日:2025-05-29
ランク:S

この物語は生きとし生ける生命への慈愛溢れる讃美歌。
※後半ネタバレ有り

攻略順

ありません一本道です。

感想(概要)

○生命賛美
“生” を肯定する暖かなメッセージを何度もくれました。「生きていていい」「誰かに愛されている」それを実感させてくれた本作を嫌うなど私には無理です。

○美しく収束する物語
お見事としかいいようがありません。途中「この章いらなくない?」と思っても、最後には “絶対” に必要な構成になっていて一つも無駄なイベントがありません。なんて美しい構成だ…

△同じ意味を繰り返すテキスト
「認識バイアスなんて許さねぇ!絶対に俺の言葉を理解させてやる!」そういった作者の “エゴ” を感じる文章嫌いじゃありませんよ。ただ読んでいて一度も辛くなかったと言えば嘘になります。「勘弁してくれ……」と何度か思いました。

まとめ

漆原先生の作品に触れたのは初めてですが恐ろしい人ですね… “優しさ” を説くために地獄よりもヒドイ世界を展開する。「1%の “希望” のために99%の “絶望” を与える」をまんま実行してくるんですもの。

でもそれだけに“希望”の言葉が心に染みわたるんですよね…「明日はきっと良い日になる」「昨日よりも優しくなれる」そんな “暖かい優しさ” を実感できる本作をプレイできてよかったです。

ただこの物語にはもっと語ってほしい魅力的なキャラクターがいるんですよね。もし叶うならFDとかで語ってほしいですね。プレイ中は長く感じたのにまだ見たいと思うなんて不思議な気持ちです。

※以下はネタバレ有感想です。






感想(ネタバレ有)

■chapter-1

この章を読んでいたとき「怒」の感情に支配されていました。

とにかく橘才とかいう男が気に食わなくて仕方なかった。というかなんで主観視点がこのサイコパス殺人鬼がなんだよ…共感できるわけないだろ。それにヒトデナシから好かれる展開あれはなんだ? 冗談にしても出来が悪すぎるぞ? “公平” をあんだけ謡いながら記憶を盗み見て信頼を勝ち取る “不公平” 極まりないこんな展開が許されていいはずないだろ? 作者テメェが許そうとも俺は絶対に許さねぇぞ!!!

間違いなくこのとき私は怒り狂ってました断言します。そしてchapter-5で一つ残らずキレイにカウンターを食らって“納得”させられました

いやぁ〜ここまで完璧に負けると気持ちいいですね。

■chapter-2

“ほんとうのしあわせとはいったい何なのか

このような禅問答は結構好きなので紅緒卓との会話は楽しかったです。会話を続ける内に彼女のことをなんだかかなしく思うようになっていました。

紅緒の悲願は “さよならを無くすこと” だと口にしながら “ほんとうのしあわせ” を竜起に問う彼女が、どうも邪悪に思えずむしろ寂しい迷子のように見えたんですよね…

そんな彼女のかなしい姿がどうにもいとおしく感じ、気がつけば一番好きなキャラになってました。その気持ちは最後まで変わりませんでしたね。今ではそれを誇りに思っています。

誰かがいつも誰かのことを想っている

舌を巻くとはこのことかと痛感しました。

呪詛の執拗なまでの出現、鎌原竜起の “悲惨” 程度ではすまない過去、とある犬の視点から語られる紅緒終の狂気と凶行。別々に展開されたこの3種が一つに収束する構成は快感すら覚えるものでした。

そして何より素晴らしいのは “誰かがいつも誰かのことを想っている” メッセージそのものです。残酷なる3種のものが “優しさ” へと変わるこのメッセージは、とても暖かく救いのようなものにすら感じます。

橘才とヒトデナシ

正直chapter-1の怒りを引きずっていました。ヒトデナシが可愛い仕草を見せれば見せるほど「なぜこんなやつのために…」とイラつくばかりでした。ある言葉を聞くまでは…

「君に心を学んでほしかったからなんだ」

不思議です…だってこれは恋する女の言葉じゃないんですもの。どちらかというと親が子に与えるような “無償の愛” に近く感じます。思えばヒトデナシは才を前から知ってる口ぶりでしたね…

気がついたら怒りは「二人にはどんな縁があるのか?」という興味へと変わってました。しかし本当に心というのは不思議です…なんでこんな善悪を知らない子にイラついていたんでしょうね私は…

■chapter-3

三章終えた直後の感想は「微妙な話だったな…」でした。

夜空さんが三人娘の親の敵といわれても突飛で感情がついていかないのですよ…当事者でない才と竜起が締めたのも「なんだかなぁ~」という消化不良感があります。

梅雨ちゃんはこの後めちゃんこ活躍するのでいいのですが、目々ちゃん、碧ちゃんの二人は持て余していたようにしか見えませんでした。この部分だけは明確な不満点ですね。二人にも活躍の機会をあげてほしかったです。

罪から赦されたいから“死にたい”と願う人に、責任をとって“生きて”守ってくれという解答は嫌いじゃないです。「罪とは背負うもの」という私個人の哲学とも符合します。

人は独りぼっちではない「護ってくれる」「赦してくれる」存在がいる。いい結論ですがどうにも chapter-2 と被っている気がしてイマイチ響かなかったです…この時・・・は。

この章は chapter-1 と同じく仕込みの章なのですよね。後に私はこの章の真の意味を理解する。

■chapter-4

母親の呪詛

才くんの “あの嘘くさいヒールムーブ” がガチだった衝撃が休まらぬうちに、祀の母親が語りかけてきたのは衝撃でしたね…このときは「!?」が頭の中で乱舞してました。

同時にいままでにないほどワクワクを感じてもいましたね!この作品の “核” となる部分にようやく触れらるのかと期待でいっぱいでしたよ!

過去の無銘荘

数奇な縁で無銘荘に集まる住人、かつてあった “しあわせな日々” 、母親になれなかった彼女が祀の母親になっていく様、そしてすべてが崩れ去る結末……過去編は実に読み応えがありました。

中でもとりわけ印象に残ったのはキリシマのこの言葉です。

「両思いになりたいわけじゃないんだ。結ばれたいわけじゃないんだ。変な話かもしれないが……ただ君を想い続けていたいだけだ」
「それが俺の “本当のしあわせ” だ。この人生を “なんのために生きるか” の答えだ。」

chapter-4 今日という日 キリシマ

かつて死にたがっていた人間が “本当のしあわせ” を見つけ明日を生きたいと願う。その男は愛に双方向性を求めない、ただ彼女を愛することを “本当のしあわせ” だと口にする。

「誰もが愛されている」ということは「誰もが愛してもいい」ということ。chapter-3の意図をようやく理解しました。受動ではなく能動なのですね “しあわせ” というものは。

「愛されていると感じる」こと「愛していると想う」ことが “しあわせ” なのかと…涙を止められずその美しさに感じ入っていました。

「……橘才をどうか助けて」

半ば予感はしていましたが、それでも四季のこの言葉を嬉しく思えるこの気持ちは、きっと “しあわせ” と呼ぶべきものなのでしょうね。

逆行

見事なロジックの通し方です。

“夕暮れの牢獄” の永続保存性を利用し ”逆行” により可能性世界を一つの世界線に内包させる! 不可思議×不可思議で、よくこんな “納得” のいく構成を作れますね…本気で感心します。

(それにしても虚ろ状態の卓ちゃんマジで可愛いな…持って帰っちゃダメかな?)

■chapter-5

人の心は “痛み” でできている

今の私には橘才が成し遂げて死にたがる “痛み” が分かってしまう。最初とは比べ物にないほど彼を理解し、“好き” になっている。

だからこそ、心の “痛み” に耐えかねて泣きながら「心なんて…“痛い” のはいらない」と懇願する彼を直視なんてできない…もうとっくに目の前は滲んでいるのにこれ以上 “痛み” に苦しむ彼を見続けるなんて出来るわけないだろ!!!

だから彼女が駆け抜けていったとき私もとても救われたんです。だって彼女の存在そのものが、彼が “愛されている” ことのこの上ない証明なのですから。

最後に橘才くん「すまなかった」あなたに謝罪します。あなたの魂を知りもせず怒っていたことを今恥じています。

責任としてこの感想を私が生きている限り公開することを誓いましょう。

あなたを愛する者

ヒトデナシの魂がうけてきた苦痛は理不尽以外の何ものでもありません。“誰かに好きと言われる機会が少ない命” そんな命で「ありがとう」を伝えるために駆け抜けてきた彼女の魂は本当に美しいです。

そして「おめでとう」オオカミさんに “愛された” ことを自覚し “好きです” と言えた君を祝福しないものなどいない。末永く彼といっしょに心を育んでいくいってほしい…そう祈っています。

最後に「ありがとう」君のおかげで私は彼に謝罪が出きた。おかげで今はとても心が軽い。

誰かに愛されるべき者

『もし紅緒卓が報われなければこの作品を否定する』

これは私がchapter-2から自分に課していた “制約” です。そしてこれは読み進めるほど強いものになっていきました。それほどまでに彼女は “愛されるべき者” です。

どれほど望もうとも親の愛を受け入れられない苦しみを幸運な私は分かってあげられません。ですが彼女が愛に飢え、苦しみ、「助けて」と言っているのはどれだけ愚かな私でも分かります。

そんな彼女が報われないような情けない物語を私は肯定できません。あぁ本当に良かったです…この覚悟が無駄に終わり、この祈りが届いたことに今はただ「ありがとう」とお礼を言いたい。

四季が母親・・として迎えにきたとき感じたの感情は今まで最上のものであり、最大の涙を私に与えてくれました。

いつかどこかで君が “お母さん” と “お兄ちゃん” と ”お姉ちゃん” と一緒に笑える日が来ることを、祈っているよ卓。

人を愛してくれる者

なぜペンギンなんだろう?と疑問だったのですが、ペンギンは神の遣いである鳥にもかかわらず、空ではなく大地と海を行き来する “境界の仲介者” とも言える特異存在。そんな彼らが魂を管理するのは、考えると当たり前な気もしますね。

人もまた大地と海を選んだ存在であることを考えると、なるほどペンギンと我々はよく似ています。おもわず依怙贔屓をしちゃうところなんてそっくりですよ。

彼らを神などというのは確かにナンセンスですね。ありがとう親愛なる友人よ。君たちが我々を愛してくれると知ったから、私はきっと明日を信じで歩いて行ける。

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